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高知地方裁判所 平成7年(行ウ)1号 判決

原告

濵田一郎

右訴訟代理人弁護士

田村裕

被告

高知市

右代表者市長

松尾徹人

右訴訟代理人弁護士

松岡章雄

被告

有限会社秀松水産

右代表者

濵田修身

右訴訟代理人弁護士

山下道子

主文

一  原告と被告高知市との間において、原告が高知市中央卸売市場水産物部の仲卸業者である地位を有することを確認する。

二  原告の被告有限会社秀松水産に対する訴えを却下する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告高知市に生じた費用を被告高知市の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告有限会社秀松水産に生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告と被告らとの間において、原告が高知市中央卸売市場水産物部(以下「市場」という)の仲卸業者である地位を有することを確認する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、原告から市場での仲卸業の営業を譲受けたと主張する被告有限会社秀松水産(以下「被告会社」という)及び被告会社を仲卸業者として扱っている被告高知市(以下「被告市」という)に対して、原告が、①原告と被告会社との間に営業譲渡契約が存しないこと、②高知市長(以下「市長」という)に対して、原告を譲渡人、被告会社を譲受人とする営業譲渡の認可の共同申請がなく、③これに対する市長の認可自体もないから、右営業譲渡は無効又は不存在であるとして、仲卸業者の地位の確認を求め、これに対し、被告らは、右営業譲渡契約、認可申請及び認可が存在し有効であり、仮に瑕疵があってもそれは軽微なものに過ぎないとして、被告会社が仲卸業者であると争った事案である。

一  前提事実(争いがない事実、弁論の全趣旨及び後掲の証拠から容易に認められる事実)

1  当事者

(一) 原告は、昭和五二年一二月一日以降、「秀松」の商号で市場内において仲卸業者として業務に従事してきた。

(二) 被告会社は、水産物の加工及び販売、水産食料品の製造及び販売等を目的として平成五年六月一五日に設立された有限会社であり、設立時、原告の兄濵田修身(以下「修身」という)、原告の姉濵田冨美子(以下「冨美子」という)、同人の長男濵田林、その他山﨑幸男(以上の四名につき、以下「本件関係者ら」という)が出資を引受ける社員となるとともに、取締役又は監査役に就任し、代表取締役には修身が就任した(原告の社員及び取締役への就任の有無は後記のとおり争われている)(乙二、三、九の6、7丙六)。

(三) 被告市は市場の開設者である(証人依岡寛幸)。

(四) 被告会社は、平成五年六月三〇日ころから、原告の仲卸業の営業を譲受け市場内で従前の原告の営業を引き継いで行っていると主張し、被告市も、被告会社を仲卸業者として扱い、原告の仲卸業者の地位を否認している。

2  法制度

仲卸業者の地位についての法令としては、高知市中央卸売市場業務条例(以下「条例」という)及び同施行規則(以下「規則」という)があり、本件に関する部分の概要は次のとおりである(乙一)。

(一) 仲卸業者の営業譲渡には市長の認可が必要であり、譲渡人及び譲受人が譲渡及び譲受について市長の認可を受けたときに、譲受人は仲卸業者の地位を承継する(条例二六条一項)。

なお、市長の認可は、市の内部事務処理上、専決委任により市場長が行う(証人岡本潤三(以下「証人岡本」という))。

(二) 右認可申請は、譲渡人及び譲受人が共同でなさねばならず、連名で規則所定の第九号様式の用紙に該当事項を記載して作成した、認可申請書を市長に提出しなければならない(条例二六条三項、規則一四条、一八条一項)。またその際、譲渡契約書の写し並びに申請者が法人の場合には、定款、会計書類、出資者名簿及び役員名簿等を添えて提出しなければならない(条例二六条四項、規則一四条、一八条三項)。

(三) 市長は、申請者である譲受人が仲卸の業務を適確に遂行するのに必要な知識、経験又は資力信用を有しない者であるときは認可してはならない(条例二二条五項四号、二六条五項)。

(四) 仲卸業者が、氏名又は名称を変更する際には、遅滞なくその旨を市長に届け出なければならず(条例二二条三項一号、条例二八条一項二号)、その際には、名称変更届出書に代表者の履歴書、住民票の写し、定款、登記簿謄本等を提出しなければならない(乙四、九の2、証人岡本)。

右届出の受理は、市の内部事務処理上、市場課長が行う(証人岡本)。

(五) 市長は、仲卸業者の営業の譲渡及び譲受を認可したとき、その旨を市場内に掲示しなければならず、また、その他にも市長が必要があると認めた事項には市場内にこれを掲示する(規則一〇三条五、一〇号)。

3  本件の経緯

前記1(四)のとおり、従前原告が仲卸業者として市場内で営業を行ってきたが、平成五年六月三〇日ころからは、被告会社が原告の仲卸業の営業を譲受け、市場内で従前の原告の営業を引き継いで行っていると主張している。

しかし、前記2の(二)に記載の譲渡人、譲受人連名による、規則所定の様式に従った営業譲渡の認可申請は提出されていない。被告会社が営業を譲受けたと主張するにあたり採られた手続は以下のとおりであった。

(一) 被告会社は、平成五年六月二四日、被告市に対して、条例二八条に基づく名称変更等届出書(甲二の2、乙四、九の2)を提出したが、同届出書には、変更後の商号を「秀松」、氏名または名称を「(有)秀松水産」とし、変更理由には「個人経営から法人化に変更のため」と記載され、さらには右文書には、被告会社の定款(乙二、九の6)、登記簿謄本(乙三、九の7)、被告会社の印鑑証明書(乙九の3)、被告会社の代表取締役(濵田修身)の履歴書及び住民票(九の4、5)が添付されていた(丙六、証人冨美子、同岡本)。

(二) 被告市担当者(以下「担当者」という)は、右名称変更等届出書(届出者氏名・有限会社秀松水産・代表取締役濵田修身とあり、変更後の商号・秀松、氏名・(有)秀松水産代表取締役浜田修身となっている)の提出を受け、同月二九日、同文書等に対する受理、承認及び関係者への通知の伺を求める旨記載した文書(変更前の名称として商号・秀松・浜田一郎、変更後のそれは、商号・秀松・(有)秀松水産・代表取締役浜田修身となっている)を起案し、市場課長の決裁を受けた(乙九の1、2、証人岡本)。

(三) 被告会社は被告市に、平成五年七月一五日、市場内で仲卸業を行う者が被告市に預託する保証金に関し、原告及び被告会社名義で、原告が預託した保証金の返還請求権について被告会社がこれを承継する旨の記載がある「保証金の継承について(届出書)」と題する文書(甲二の3、乙六)を提出した。

二  当事者の主張

1  被告ら

(一) 原告と被告会社との営業譲渡の有無

(1) 被告会社

原告と被告会社との営業譲渡契約の経緯は次のとおりである。

イ 原告仲卸業の経営は、平成五年五月当時悪化し、原告と本件関係者らとの間で恊議が行われたところ、最終的に、同月一一日、原告と本件関係者らとの間で、これらの者が設立に関与する社員及び取締役となって有限会社を設立し、設立と同時に、原告からその会社に仲卸業の営業を譲渡するとの合意が成立した。その際、譲渡及び引受の対象は、原告の営業用の資産及び営業上の負債一切とし、営業譲渡の対価は事業用財産が債務超過に陥っているためその超過額相当分を対価とし、実際の金銭授受はなされないこととなった。

ロ 被告会社が設立され、原告及び本件関係者らが役員に就任後、前記イの営業譲渡の契約は、原告と本件関係者らから、原告と被告会社に引継がれ、原告の財産一切が被告会社に承継された。

(2) 被告市

原告は、被告会社設立後、同社に対して仲卸業の営業を譲渡した。

(二) 本件認可の法的性質

(1) 被告会社

本件認可は、譲受人に不認可事由がない限り当然に認可されるから、営業譲渡の効力発生条件と解すべきではなく、当事者間で有効に成立している営業譲渡の適合性を確認するものであって、本件認可の存否、有効性は営業譲渡の効力に影響しない。

(2) 被告市

本件認可は、いわゆる講学上の認可であり、当事者間の法律行為は、右認可がなければ完成せず、当事者間及び被告市のいずれの関係においても営業譲渡は効力を有しない。

(三) 本件認可の存否、有効性

(1) 被告会社

冨美子は担当者に、被告会社が原告から営業を譲受ける手続を相談したところ、担当者から名称変更等届出書の用紙を交付され、必要な添付書類を指示された。その後、被告会社は設立され、同社が右指示どおりの文書類を提出したため、市長が、平成五年六月三〇日、原告から被告会社への営業譲渡を認可し、その旨市場内に告知した。

したがって、本件においては、被告市が適当とする認可申請行為とこれに対する市長の認可があるから、本件認可は有効、適式に存在する。

(2) 被告市

イ 被告会社は被告市に、平成五年六月二四日、原告による仲卸業の個人営業を法人化すると共に、営業主体の名称を原告から被告会社に変更したと名称変更等の届出をしてきた。被告市は、これに対し、右届出の内容を個人から法人への法主体の変更と、その間で営業譲渡がなされたと理解して右届出を受理し、同月三〇日、右届出内容(営業譲渡による主体の変更)につき、不認可事由に該当する事実はないとして、右変更を市場内に掲示し、これを認可した。

右の経緯からすると、本件の営業譲渡についての認可申請行為及びそれに対する市長の認可は、本来営業譲渡の認可申請手続で処理すべきところ便宜的に名称変更手続で代替したに過ぎず、実質的には有効に本件認可は存在している。

ロ 営業譲渡の認可申請は、本来譲渡人及び譲受人の共同申請によってなされるべきところ、本件では、原告からの申請行為がない。

しかし、認可が実体的法律関係に符合し、かつ、認可申請義務者においてその認可を拒みうる特段の事情がなく、認可申請権利者において当該認可申請が適法であると信じるにつき正当な事由がある場合には、当該申請手続の瑕疵は軽微であり認可の効力に影響しないと解すべきである。

本件認可は実体(原告と被告会社間の営業譲渡)に符合し、認可申請義務者である原告に、その認可を拒みうる特段の事情もなく、認可申請権利者の被告会社からすれば、申請時に、被告市から手続の不備を指摘されることもなかったから、申請が適法であると信じたことは止むを得なかった。したがって、本件認可申請手続の瑕疵が認可自体の効力を左右することはない。

また、共同申請の趣旨は、申請が実体法上の権利関係(営業譲渡)に一致していることを形式的に両当事者に確かめるところにあるが、本件の場合には、原告は、前記のとおり被告会社の社員及び取締役を務め、原告と被告会社との間には一体関係が存しており、被告会社の申請には原告の意思が反映していると解されるから、実質的には共同申請の趣旨は実現されており、単に共同申請でないからといって認可を違法無効と解する必要はない。

(四) 原告による営業譲渡の不存在あるいは無効を主張することが信義則に反し権利濫用に該当するか否か(被告ら共通)

原告は、本件関係者らとともに被告会社の設立に関わり、社員及び取締役となった。被告会社設立後は、これに対して原告の有していた営業権を譲渡し、以後市場における従前の仲卸業は被告会社がこれを行ってきたが、原告は、被告会社が自己名義で仲卸業を営むことに不平、不満を述べたことはないばかりか、原告は、市場における被告会社の補助員としてその業務に従事し、被告会社から毎月の給与も受けてきた。

仲卸業を営む者は、建物設備使用料等を被告市に納付しなければならないが、営業譲渡後右使用料等は原告ではなく被告会社宛に請求され、被告会社が支払をしてきており、このような事情も原告は知悉していた。

以上の事情のもとで、原告は営業譲渡後一年四か月も経過した平成六年一〇月になって、本件関係者らから、原告の内妻が被告会社で就労することを拒否されるや、自らした営業譲渡を否認するに至ったものである。もともと原告は、営業の譲渡人として、被告市に対して営業譲渡の認可申請をしなければならない立場にあるのであって、このような原告が自らした営業譲渡についてその認可の不存在あるいは無効を主張することは信義則に反し、権利濫用として許されないところである(以上の事情の他に、被告会社は、営業譲渡に基づき、同社が平成六年ころ、従前からあった原告の仲卸業による負債二〇〇〇万円を弁済したことを、被告市は、会社設立のころ、原告が担当者に対し、会社設立と営業譲渡の事実を説明したことを信義則違反等を基礎づける事情として主張する)。

2  原告

(一) 原告と被告会社との営業譲渡契約の有無

原告と被告会社との間に営業譲渡契約は全く存在しない。

(1) 原告の仲卸業の経営は、平成五年五月当時順調であり、当時、原告仲卸業の経営の建直しを本件関係者に求めたこともなく、したがって、本件関係者に対し、法人を設立し、その法人に右仲卸業の営業を譲渡すると答えたり、同意したこともない。またその後、法人が設立された同年六月一五日、原告と被告会社との間で営業譲渡の合意をしたとの事実もない。

(2) 原告は、被告会社設立について全く知らず、設立の際の社員及び取締役に就任した事実もない。

(3) 被告会社は、営業譲渡の具体的内容、即ち、譲渡及び引受の対象の特定、営業譲渡の対価等についての合意があったと主張するが、そのような合意は全くないし、契約書の交付、右合意に基づく具体的な債務引受等の各種手続も行われていない。

(二) 本件認可の存否、有効性

(1) 右(一)のとおり原告と被告会社との間に、そもそも営業譲渡契約がなく、本件認可はその前提を欠き無効である。

(2) 被告会社は、本件において、条例二八条所定の名称変更等届出書をもって名称変更の届出をなしたものであり、営業譲渡の認可申請をしていない。

(3) 被告らは、本件認可申請手続につき、便宜的に名称変更等の届出手続で代替したと主張するが、認可申請は一定の様式、手続等が定められ画一的な要式行為となっており、名称変更等届出書の提出による申請を、恣意的に営業譲渡の認可申請と扱うことはできない。

また、営業譲渡の認可申請を名称変更の届出で代替することは、共同申請の要請に反する。

(4) 本件では、市長による認可処分が存しない。被告会社の名称変更届は、担当者により、文字通り名称等変更届として受付られ、内部の事務手続上、市場課長がその届出を受理する決裁がなされたに過ぎない。

(5) 仮に、本件認可が存在するとしても、市長が認可するためには、被告会社の代表者である修身について不認可事由の有無を審査しなければならないところ、同人に不認可事由(条例二二条五項四号、二六条五項)が存することは明らかであり、これを看過してなされた本件認可は違法無効である。

(三) 原告による営業譲渡の不存在、無効主張が信義則に反し権利濫用に該当するか否か

被告らの主張は概ね争う。特に、原告は、前記のとおり、被告会社設立に関与していないし、また、被告会社は、原告の仲卸業務に関する負債について、銀行から借入れて弁済に充てたと主張するが、右債務は、冨美子の債務であり原告の債務ではなく、仮に原告の債務であったとしても、被告会社との間で右債務の代位弁済について約束していない。

三  争点

本件については、原告が従前、仲卸業者だったことは当事者間に争いがないため、原告から被告会社に対する市長の本件認可を受けた営業譲渡の有無、並びに右認可及びその無効事由の有無が争点となる。

第三  当裁判所の判断

一  本案前の判断(職権)

1 本件訴えについて、当事者適格、訴えの利益の有無を検討する。

原告が本件で確認を求めている仲卸業者たる地位に関しては、卸売市場法(九条、三三条)、条例(二条二項等)に規定があり、仲卸業者は、被告市の開設する市場内で営業できる反面、市場の適正かつ健全な運営を確保するため、市長から各種の監督、使用料の徴収等を受ける(条例六八ないし七八条、八三条ないし八六条)(乙一)。また市長は、右目的のため、仲卸業者の員数を限定し、仲卸業務を適確に遂行するのに必要な知識及び経験又は資力信用を有する者に対して仲卸業の許可(条例二二条)をし、許可を受けた業者からの営業譲渡についても、譲受人が同様の資格を欠くときは譲受を認可(条例二六条)してはならない。この認可は、条例二六条一項の文言からすると、営業譲渡の効力を認可の有無にかからしめているから、いわゆる講学上の認可であり、当事者の法律行為を補充し、その効力を完成せしめると解されるため、認可がない以上、営業譲渡は無効であり、仲卸業者たる地位の承継もない(証人依岡寛幸)。

2 このように、仲卸業者たる地位の内容、移転は、法律、条例等に基づいて被告市との間で法律関係が生じ、これについて紛争が生じれば、被告市が最も利害関係を有する。もっとも、本件のように営業譲渡をなした当事者間においても、仲卸業者たる地位についての争いが生じることは考えられるが、その地位の移転については必ず認可が必要であり、認可がなければ営業譲渡も効力を生じない以上、当事者間における仲卸業者たる地位についての争いを独立に認めるのは無意味というべきである。したがって、右地位の確認請求は、被告市に対してのみ提起できる訴え(行政事件訴訟法四条)というべきである。なお、仲卸業者たる地位を争う私人においては、市に対する仲卸業者たる地位の確認訴訟について補助参加することが考えられる。

3 よって、原告の被告市に対する訴えは適法であるが、被告会社に対する訴えは、当事者適格を欠き違法である。

二  本案の判断

1  先ず、本件認可の存否について検討すると、証拠(甲二の2、乙二、四、九の1ないし12、丙六、証人冨美子、同岡本)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告市担当者は、平成五年五月一七日ころ、修身外一名から、新会社において原告の仲卸業を引き継ぐにはどのような手続きによるべきかとの相談を受けた。その際、担当者は、右相談内容に加え、原告から同年五月中旬ころ、修身を代表者とする会社を設立して仲卸業を営むが、修身は鮮魚に無知であるから会社の実権は原告にあるという話を聞いていたことから、原告個人から法人になっても、仲卸業の実質は原告にあり、営業主体に変更はないから、名称の変更で足りると判断した。

(二) そこで、担当者は、修身らに対し、名称変更等のための届出書(定型用紙)を渡したうえ、右届出に必要な会社の定款、登記簿謄本、会社代表者の履歴書等の準備を指導した。

(三) 修身らは、平成五年六月一五日被告会社を設立し、その後、名称変更等の届出をなすために添付書類等を揃えたうえで担当者のもとに出向き、その指導に従って届出書に記入するなどしてこれを提出し、担当者はこれを受領した。

(四) 担当者は、その後、被告会社に対し、仲卸業が法形式上、原告個人から被告会社に変わることから提出書類の追加を求め、被告会社の誓約書(乙五、九の8)、被告会社からの原告を補助員として使うための補助員使用承認申請書(乙七、九の9)、補助員を使用するについての誓約書(乙九の10)、原告は補助員として誠実に取引する等と記載された原告名義の誓約書(乙八、九の11)を提出させた。そして、被告会社の誓約書には、「仲卸業者として認可を受けたのちは」という文言を使用し、仲卸業が法形式上、原告個人から被告会社に変わることに配慮を払う記載をした。

(五) 担当者は、平成五年六月二九日、右名称変更等の届出の受理と関係者への通知の決裁書を作成したが、その際、同決裁は、内部事務処理上、市場課長を最終決裁権者とすれば足りるためその旨の決裁書を作成し、同日、市場課長から最終決裁を受けた(乙九の1)。

(六) 担当者は、右決裁を受け、翌三〇日、個人(原告名)から法人(被告会社名)への名称変更の届出が被告会社からあった旨を市場内に公告し、同内容の文書(乙九の12)を市場長名義で関係者に送付し通知した(これに関し、被告らは、被告会社への営業の譲渡ないし名称の変更が認可された旨の公告がされたと主張し、証人岡本はこれに副う証言をしているが、同証言は曖昧であり信用できないし、関係者への通知文書(乙九の12)の内容と異なるのは不自然であって、被告らの主張は採用できない)。

(七) 担当者は、被告会社に対し、原告がなしていた預託保証金について、法形式が原告個人から法人に変更したことを理由に、平成五年七月一五日、被告会社が原告から預託保証金返還請求権を承継した旨の届出書を提出させた。

以上の事実によれば、担当者は、原告と被告会社間で営業の譲渡があったとは考えず、名称の変更として扱えば足りると判断し、被告会社に名称変更の申請手続をさせ、市場課長がこれを決裁したことが認められる。したがって、原告と被告会社の共同による営業譲渡についての認可申請やその受理はおろか、右認可申請に対する市長ないしは専決権者(市場長)の認可処分も存在しないといわざるを得ない。

確かに、担当者は、名称変更等の届出を受理した後に、本件が名称変更の手続を施しただけでは不適当と判断し、営業の譲渡があった場合に必要な書類の一部を徴求しているが、営業譲渡に関する共同申請もその認可処分もなされていないのであるから、右のような行為をもって、本件認可処分が存在すると同一の評価ができるとは考えられない。

なおこの点に関し、被告市は、本件の場合における共同申請行為の欠如は軽微な瑕疵にすぎず、また、営業譲渡に関する認可についても、本件においては便宜的に名称の変更手続をとっただけで、実質的に認可がなされている旨主張するが、判示のとおり、行政行為としての認可処分は存在しないから、認可の効力が発生する余地はなく、その主張する瑕疵の軽微性や実質的認可行為について判断するまでもなく、被告市の主張は失当である。

したがって、仮に、原告と被告会社間に営業の譲渡がなされていたとしても、その効力要件である本件認可が認められない以上、本件営業の譲渡は無効である。

2  被告市は、原告が営業譲渡の不存在、無効を主張することは信義則に反し権利濫用に該当すると主張する。

仲卸業者の地位は、前示のとおり、仲卸業者と地方自治体の間の公法上の関係であって、仲卸業者は、生鮮食料品等の取引の適正化と生産及び流通の円滑化を図り、市民等の生活の安定に資するため(証人依岡寛幸)、法律及び条例により、その資格が限定され、営業譲渡により仲卸業者たる地位を承継する際にも、譲渡人及び譲受人に譲渡及び譲受の認可が必要とされ、その他、市長には仲卸業者に対し監督権等が賦与されている。

本件では、信義則違反等により原告の請求を退けることは、反面で、被告市が無認可の譲受人を当然に仲卸業者として扱うことになり、被告市自らが認可制度を無視し条例に反する状態を作出することとなる(本件営業譲渡については、本来の決裁権者による、譲受人の資格の判断がなされていないことは前記のとおりである)。

加えて、本件の場合、認可が存在しない原因は、被告市が、被告会社の相談に対して、名称変更の届出手続で足りると判断して本来の手続をとらなかったことに起因するものであるが、この取扱いについて、首肯するに足りる事情は全く認められないのであって、被告市の判断は過誤というほかない。

そして、本件全証拠によっても、原告が被告市に対して認可申請をしようとした事実はもとより、被告らから本件認可について共同申請を求められた事実や、原告が認可申請をしなければならないことを知りつつ放置した等の事情が窺われないことを併せ考えると、仮に被告らが信義則違反等に関して主張する前記当事者の主張1(四)記載の事実が認められるとしても、原告の請求を信義則違反、権利の濫用論によって排斥することは相当でない。

第四  結論

以上によれば、原告の被告会社に対する訴えは、不適法であり却下を免れないが、原告の被告市に対する請求は、営業譲渡により仲卸業者たる地位が被告会社に承継されたと認められないから理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官溝淵勝 裁判官三木昌之 裁判官遠藤浩太郎)

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